主人公はジュリアン、主演はライアン・ゴズリング、監督はニコラス・ウィンディング・レフン、配信元:プライムビデオ
バンコクを舞台に、アメリカ人兄弟ジュリアン(ゴズリング)とビリーが、麻薬取引の隠れ蓑としてムエタイのボクシング・クラブを経営する。ある夜、ビリーが幼い少女を巡る蛮行を働き、警察の中尉チャンに追い詰められる。チャンは少女の父チェに復讐を許したのち、自らも厳しい裁きを下す。兄の死を知ったジュリアンは母クリスタル(クリスティーン・スコット・トーマス)の命を受けて報復を迫られるが、次第にその道を拒む。母は息子を支配しようとする強権的な存在として現れ、ジュリアンの内面を容赦なく抉る。物語は復讐と赦し、血縁と正義の間を静かに揺れ動きながら、終盤に至ってチャンとジュリアンの対峙に収束する。
ストーリー自体は極めて単純である。タイの裏社会に根を張った外国人と、地元の法執行者との確執を軸に据えた、いわば古典的な因果応報の物語だ。しかしレフン監督は、その単純さをあえて緩やかなテンポで展開させる。冒頭から画面はミステリーめいた薄闇に包まれ、何が起きているのかを観る者にすぐに明かさない。台詞は少なく、赤い照明と影のコントラスト、抑えた音楽が空間を支配する。暴力の描写が徐々に激しくなるにつれ、観客はアクションの高まりを期待するのだが、監督はそこで哲学的な佇まいを優先する。チャンの静かな威厳や、ジュリアンの言葉少なき内面の揺らぎが、物語の推進力よりも重くのしかかってくるのだ。ここに戸惑いを覚える視聴者も少なくないだろう。
見どころは、やはり終盤の約25分である。ジュリアンがチャンを追いつめる過程で、相手を「幻視の男」と認識しつつも逃げ切れなかった思いが、ボクシング・クラブでの対決に結実する。チャンは圧倒的な力でジュリアンを制し、ジュリアンはほとんど一撃も届かない。この一方的な試合は、単なるアクションの頂点ではなく、赦しと審判、あるいは自己との対峙を象徴する場面として機能している。ゴズリングの抑制された表情と、ヴィタヤ・パンスリンガム(チャン役)の静かな存在感が、ここに至って最も冴え渡る。
全体として、本作はエンターテインメントとしての痛快さよりも、映像と沈黙による「空気」の構築を優先した作品である。ストーリーの単純さに比して、展開の緩やかさと哲学的な余韻が強く、観る者の好みを大きく分ける。レフン監督の『ドライブ』に魅了された人にとっては、同じ血を感じつつも、より禁欲的で峻厳な世界が待っている。丁寧に作られた映像美と、終盤の対峙の印象は確かにあるが、物語への没入を妨げる「間」の長さが、完成度をいささか減じているように思われる。
邦題の「オンリー・ゴッド」は、原題の響きをそのまま残した選択として妥当であろう。暴力と赦しの狭間で、神なき世界の審判を問う作品として、静かに記憶に残る一本である。
評価:★★★☆☆(5段階中3)
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