主人公は殺し屋のクリスチャン、主演はマイケル・ファスベンダー
マイケル・ファスベンダーが、冷徹な殺し屋を演じる。サスペンス・アクションの看板を掲げつつ、どこか内省的な匂いがする一作だ。原作はフランスのグラフィックノベルで、フィンチャーの手にかかると、いつものように精密機械のような仕掛けが炸裂する。だが、今回は派手さ控えめ。殺し屋クリスチャンの日常が、ポップカルチャーの引用と自己啓発本めいた独白で彩られる。『アメリカン・サイコ』と『ファイト・クラブ』を薄く溶かしたような、フィンチャー節の変奏曲だ。
物語はシンプル。プロの殺し屋クリスチャンは、完璧主義者。標的を仕留める前に、ビートルズの『Tomorrow Never Knows』を心の中で反芻し、呼吸を整える。失敗は許さない。だが、珍しくミスを犯す。依頼主の陰謀に巻き込まれ、恋人を傷つけられ、復讐の渦へ。世界を股にかけた追跡劇が、シカゴの雪景色やドミニカのビーチで繰り広げられる。ファスベンダーの視線は鋭く、筋肉質の体躯が静かな脅威を放つ。共演のタンディ・ニュートンやアルレタチ・セメヨが、短い出番で光るのも見事だ。
見どころは、確かにラスト25分を過ぎてから。クリスチャンがシカゴで依頼主クレイボーンを突き止め、通うスポーツジムの鍵をこっそり複製するくだり。ジムの喧騒の中で、静かに鍵を削るシーンは、フィンチャーの得意とする「日常の異常」そのもの。クレイボーン役のニール・エデンが、汗だくのトレッドミルで息を切らす姿は、権力者の脆さを象徴する。復讐のクライマックスは、銃撃戦ではなく、心理戦の延長。クリスチャンの「ルール」が、皮肉にも彼を人間らしくする。
この映画の妙味は、主人公がスーパーマンじゃない点にある。凄腕の殺し屋だというのに、ミスを犯し、怪我を負い、恋人の瀕死に動揺する。ファスベンダーは、感情を押し殺した表情で、ただの「男」の弱さをにじませる。フィンチャーは、アクションの合間に、クリスチャンの内省を挿入し、殺人という職業の虚しさを淡々と描く。ハリウッドのヒーロー像を嘲笑うような、ドライなユーモアが心地よい。たとえば、クリスチャンが星バックスの店員を睨むシーン。日常のささやかな苛立ちが、殺意の予兆として機能する。こうした細部が、単なるサスペンスを越え、現代人の孤独を映す鏡となる。
とはいえ、完璧ではない。中盤の追跡がやや冗長で、フィンチャーらしい緊張感が薄れる瞬間がある。だが、それすら「人間らしさ」の延長線上か。エリック・ヘンリックソンの脚本が、テンポを崩さず支える。BGMのトリヴァイト・リヴァースも、ポップでクール。Netflixのクオリティを象徴する一作だ。殺し屋の「普通さ」を愛でるなら、観る価値あり。非の打ち所のないプロフェッショナルなど、所詮フィクション。現実の我々のように、つまずきながら進む姿に、思わず共感してしまう。誰かなら、こう言うだろう。「派手さはないが、静かな毒がある。悪くない一杯だ」。
このサイトはアフィリエイト広告を掲載しています。
amazonプライムを無料で試してみる ConoHa AI Canvas
楽天市場
マイキッチン
【駐車違反警告ステッカー】の購入|オリジナル印刷・販促のWTP企画
FREE STYLE
医療美容特化ロロント

コメント