プライムビデオ　エデン ～楽園の果て～　2024年公開　129分　スリラー　アメリカ　★★★★☆

プライムビデオ　エデン ～楽園の果て～　2024年公開　129分　スリラー　アメリカ　★★★★☆：主人公は、主演はジュード・ロウ、監督は、ロン・ハワード

　1932年、ガラパゴス諸島のフロレアナ島。楽園を夢見て移住した者たちの物語は、ロン・ハワード監督の新作『エデン ～楽園の果て～』において、ジュード・ロウの抑えた演技によって、静かなる緊張の渦巻くスリラーとして描かれる。

129分という尺は、無駄を排した筆致で、孤島の風土が人間の魂を蝕む様を、克明に追う。主演のロウは、ハインツ・ウィットマーという実在の人物を体現し、結核に苦しむ息子を救うため家族を連れ、辺鄙なる島に足を踏み入れる。妻マーグレット（ヴァネッサ・カービー）、息子ハリーとともに、船が去った浜辺で、彼らは孤独の重みを噛みしめる。

島にはすでに、先住民たるリッター博士（ダニエル・ブリュール）と妻ドーラが棲息し、畑を耕し、タイプライターで回顧録を綴る日々を送る。ハインツ一家の到着を、博士は訝しげに迎える。「新聞の記事で孤独を求めてきたのか」と問う言葉に、移住者の野心が透けて見える。博士の畑は干ばつに苦しみ、水源は枯渇寸前。ハインツは息子の病を癒すためと弁明するが、博士の眼差しは、すでに人間の欲深さを予見しているようだ。洞窟を仮住まいとし、柵を築き井戸を掘る一家の労苦は、蚊と野犬の襲撃に阻まれ、妊娠を告げる妻の喜びさえ、食料の盗難で曇らせる。　

やがて、エロイーズ・フォン・ベアボン・ワグナー・ブスケ男爵夫人（シドニー・スウィニー）が、夫と従者を従え上陸する。彼女はアシエンダ・パラディソなる豪奢なホテルを構想し、島をハネムーンの楽園に変える野望を語る。泉で戯れ、ニンジンを収穫する博士を褒めそやすその振る舞いは、文明の甘美なる毒のように甘く、しかし毒々しい。手紙の一通に記された欧州の戦争の影――ヴェルダンの惨劇を語るハインツに対し、博士は「人間の真の姿」と吐露する。この対話は、島の平和を装いつつ、移住者たちの内なる対立を予兆する。エロイーズの夫婦は、食料を食いつぶし、森でハリーを欺き缶詰を強奪する。マーグレットの出産は、野犬の牙と痛みの狭間で訪れ、赤子ロルフの産声は、家族の絆を一時的に照らすが、博士の介助なしには母子の命すら危うい。

　春の訪れとともに、ハインツは石を積み家を成す。だが、エロイーズたちは「女性同士の話し合い」と称し、隣接テントを張り、夜毎の喧噪を撒き散らす。牛の解体に現れた博士の「頭部を所望する」奇行は、島の異様さを象徴する。やがて、祝いの宴が開かれる。ホテル予定地の宴で、盗まれた肉の皿が並び、ドーラとエロイーズの静かな論争が、戦争と執筆の是非をめぐり爆発する。リッターの理想郷とエロイーズの商業主義が、酒宴の熱に煽られ、互いの喉元を突く。　

見どころは、確かにラストの36分。些細な火種が、エロイーズの策略と判明し、ハインツと博士はテントへ。殴り合いの果てに、夫婦の屍体を海に沈める。翌朝、建築技師ルーディの問い詰めに、博士は沈黙を守る。食中毒で博士が倒れ、島に警察の影が忍び寄る中、事件は迷宮入りする。実話に基づくこの結末は、観る者に冷たい余韻を残す。マーグレットは2000年、96歳で没し、子孫は今もフロレアナに留まり、ホテルを営む――この事実を知り、楽園の果てに続く生の連鎖に、驚嘆せざるを得ない。　

本作は、離島の喧噪を単なるサバイバル譚として描かず、人間の本性を、風土の鏡に映す。ハワードの演出は、ロン・ハワードらしい抑制されたリアリズムで、ガラパゴスの荒涼たる景観を、心理の荒野に重ねる。ロウのハインツは、寡黙なる父として、家族の盾となりつつ、殺意の淵に沈む様を、微かな眼差しの揺らぎで体現する。スウィニーのエロイーズは、妖艶なる野心家として、島の調和を乱す触媒となるが、その末路は、文明の脆さを露呈する。ブリュールの博士は、理想の守護者として、タイプの音に過去を封じ込めつつ、現実の侵食に抗う姿が、哀れを誘う。　

離れ小島の物語と思いきや、1930年代の欧州の影が忍び寄り、戦争のトラウマが移住者の動機を駆り立てる。孤独を求めし人々は、互いの欲に絡め取られ、楽園を地獄に変える。この寓話めいた構図は、荻昌弘が好んだ人間の愚かさを、丁寧に、しかし容赦なく抉り出す。新聞の一文がもたらす幻影、泉の戯れの裏に潜む策略――すべてが、現代の私たちに、理想郷の代償を問う。ハワードは、派手なアクションを排し、対話の積み重ねで緊張を醸成するが、それが島の閉塞感を増幅させる。結果、観客はハインツ一家の苦闘に共感しつつ、エロイーズの野望に、どこか羨望すら覚えるジレンマに陥る。

　実話の重みが、フィクションの軽やかさを凌駕する一作。子孫の存続が示すように、楽園の果ては、決して終わりではない。人間の業は、島の風に乗り、永遠に続くのである。こうした洞察が、本作の真価を高め、静かな感動を呼び起こす。心に残る、慎ましき傑作だ。

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